2013年7月26日金曜日

7月26日

きのうは金沢から帰京。
石川県はまだ梅雨明けになっていない、とか。

向日葵が咲いて、立ち葵も薄紙のような大きな花をつけているのに、
海の色は確かに、まだ本格的な夏のものではないような。

介護についての全国大会。
介護にかかわる大勢の方々が各地から。
みな意欲的で熱い。
幾つもの分科会もあり、タイトルを見ているだけで
受講したいものばかりだったが。
わたしはいま、あらゆるテーマの受講生になりたい気分だ。

今日は長野へ。
これは、保育についての大会だ。
わたしはいま、あらゆるテーマの受講生になりたい、気持ちが強い。
外に向けて、発信する日々がずっと続いていて、受信したい気持ちになっているのだろう。
勉強がしたい。

東海村の村上村長さんが、今回の村長選には立候補しないことを表明された。
脱原発首長会議のガイド役が立候補されないことは残念だ。
反原発の活動はむろん続けていかれる、とか。

首長という仕事も、わたしたちが予想できないほどハードであるだろうし、
外へ向けての発信も並大抵ではないだろう。
おつれあいを見送ったばかりであり、少しゆっくりされてから、
再び共に歩んでいきたい、と心から。

2013年7月24日水曜日

7月24日


参議院選挙も終わって、ふーっと溜息ひとつ。
投票率は52・61パーセント。戦後3番目の低さ、だ。
集団的自衛権をはじめとして憲法、原発、基地問題、消費増税、TPP
と、こんなにも争点があったにもかかわらず、
それらの争点がぼやかされてしまった選挙であった。

「自民優勢」というメディアのアナウンス効果が、有権者の、
「どちらにしても結果は同じ」という思いに結びついたのか。
あるいは、政治に関して、かすかな期待すらすでに失っているのか。
また、今回の参院選でも、選挙区における例の「一票の格差」も是正されてはいなかった。

このテーマについては、いろいろなところに原稿を書いてしまったので繰り返さないが、
どんな状況になったとしても、私は、改憲反対、反原発、反基地、反TPPを貫きたいと、改めて考える。

明日からは、東京を離れる。
気が付けば、7月ももう終わり。
8月初旬からは、恒例の2泊3日の「夏の学校」。

わたし自身がお話を聴きたいかたがた、いままでの受講生のかたがたからのご要望に応えた夏の学びの日。
後ずさりなど、誰がするか。

では、行ってまいります。

2013年7月20日土曜日

7月20日


比較的しのぎやすい土曜日。
いま、静岡県清水市の講演から帰京したところだ。

いよいよ明日は参議院選挙の投票日だ。
与党が大勝した場合は(その可能性は大きいと言うが)、
原発は再稼働し、消費税は増税され、TPPへの参加も目に見えている。
いまもって、垂れ流される汚染水の処理さえできないまま。
いまもって、事故調でさえ「人災」と呼んだ福島第一原発の原因究明も宙に浮いたまま。
そうして、改憲へと雪崩を打って突き進むのか。

TPPに参加すれば、国家の主権など飛んでしまう。
外国の企業の利益のみのが優先されるだけ。
食糧に限らず、医薬で何か重大な事故が起きたとしても、
判決よりも何よりも海外の企業の利益が優先される社会で、
わたしたちの健康はどう守られるのだろう。
原発の再稼働にしても、TPP参加にしても、
国民の「いのち」は二の次,三の次、いやもっと後方に位置付けられる。

そして改憲。いよいよ「戦争のできる国」になってしまうのか。
いつだって、戦争で最初の犠牲者になるのは、
「もの言わぬ、市民の父であり、息子であり、夫」である。
オーストラリアのシンガーソングライター、ジュデイ・スモールの
「MOTHERS、DAUGHTERS、WIVES」の歌詞を思う。
父を、息子を、夫を、愛する男性を戦争に奪われた母であり、
娘であり、妻である女性たちの思いを歌った曲だ。

わたしたちは再び、あの日々を繰り返そうとしているのか。
そういう社会を、そういう国を、わたしたちは子どもたちに残そうとするのか。

 選挙は未来の選択につながっている。
「いのち」からの一票の行使を。

衆参の「ねじれ解消」を与党は訴えている。
この「ねじれ」が解消されてしまったら、
独裁の時代に突入するだけだ。
妙な言い方だが、現在のこの国はにおいては、
「ねじれ」が辛うじて民主主義を支えているとも言える。
改憲も反原発も反基地も反TPPも
「ねじれ」そのものに、微かな期待をかけるしかないのだ。
与党を大勝させて、「ねじれ」を解消させてはならない。

それにしても、たとえば「反改憲」、「反原発」、「反基地」のせめて三本の柱で、
野党は柔らかな連携、選挙区の割り振りを考えることは不可能だったのか。
強力な与党に対抗して、「脱原発」を訴える候補者が何人も立つ地区では、
野党の候補者が互いに票を食い合い、結局は与党に利する形を作っている。
そのことを、それぞれの党の「選挙のプロ」は気付かないはずはない。
与党の姿勢にはむろん賛同できないが、
この地区では何党の誰それ、こっちでは、わが党の誰、というような譲り合いなしに、
与党に対抗する野党を育てることはできない。
それがなんとも無念だ。

それでも、やはり一票を行使しよう。

2013年7月19日金曜日

7月19日

久しぶりにブログを書く。東京を離れてあちこちを旅したり、
あれこれ集会に出たりして、今夕ようやく落ち着いた時間を持つことができた。

そして、気がつけばもう!金曜。
明後日はいよいよ参院選の投票日だ。
情勢はあらかた「決まり」という報道も多いが、ほんとに
これでいいのだろうか。

福島では今もって自宅に帰れないひとびとが10数万人もおられる。
10数万人、とマスでとらえるのは間違いで、
そこにひとりひとりの人生があり、ひとつひとつの人生に繋がるいのちがあるのだ。
「年寄りは足手まといになるだけです。わたしはお墓に『避難』します」
そう書いて、家族の歴史を刻んだ自宅の庭で自死された彼女の
喪失の悲しみは宙を浮いたまま、なのか。
核不拡散条約に締結しながら、原子力発電を海外に売って歩くことは、「核」の「拡散」ではないか。

日曜の投票を終えれば、今後3年間は選挙はない。
3年あれば、現政府は何でもできる。
これこそ世界に輸出したい平和憲法に手をつけることも、
彼らのスケジュールの中には明らかに織り込まれているに違いない。

経済を否定するつもりはないが、いまこの国で大企業を除いて、
特に輸出業を除いて、暮らしが以前に比べて潤ったと感じるひとがどれほどいるだろう。
大マスコミ(日刊ゲンダイ風な呼びかただが)は、いつから政府の広報部と化したのか。

それでも、か、あるいは、それだからか、とにかく棄権はしたくない。
結果が見えていても、一票を行使する。

その後は、やっぱり反原発、反改憲の活動が待っている。

2013年7月9日火曜日

7月9日

先週半ばから今週はじめまで、東京を離れる日が続いた。
金曜夕方は官邸前、首都圏反原発連合主催の、抗議行動に参加。
といっても、今回は取材させていただく側に。
「絶対、後ずさりしない、諦めない、ぶれない、がモットーです」
「去年の6月から毎週、来ています」
「休んだのは、風邪ひいたときだけだったかな」
「おかげで、夫婦の会話が増えました」
「気がついたら、大勢の友人ができていました」
比較的年配のかたがたの声。
ファミリーエリアでは、小さなお子さんも一緒の家族連れが。
本当に頭が下がる。ありがとう。
「おっ、怒髪のひと!」と、しっかり記念写真などにもおさまって
空がうす暗くなる頃には、歌声やリズム感のあるシャウトが混じり合う。
土曜は早朝から高松へ。講演を終えて、帰路のために空港への途中。
忙中閑あり。空港に戻る帰路、大きな園芸店を見つけた。
出発までにまだ時間はある。本当は連れ帰りたい苗木や鉢植えがたくさんあった。
しかしなあ。後ろ髪惹かれる思いを振り切って、帰京。

日曜は新幹線で名古屋へ。尾張を中心とした九条の会の講演会。
参院選公示の最初の日曜。くらくらするような猛暑の中、大勢のかたが集まってくださった。
90代のかたもお2人。うれしいことに10代のかたも。
もっとも多い層は、50代から70代だったが、満員御礼の状況だった。感謝、感謝!
名古屋からそのまま大阪へ。旅先からiPadで原稿を送ることにも慣れた夏。

相変わらず、改憲、原発再稼働をゴールとした政党が「圧勝」の予想はあるが、
原発の輸出は、「核の拡散」そのものであることを、わたしたちは忘れてはならない。
しっかり一票をつかおう。