2013年3月25日月曜日

3月25日

先週の金曜日、22日は夕刻から経産省テント広場の抗議集会に参加。
今までなかった「国有地につき、立ち入り禁止」の看板が。

福島の、それぞれの「私有地」に放射能という、
この上なく危険なものを許可なく、まき散らしておいて、
よくも、と腹が立つ。
私有地にこそ、まずは「放射能、立ち入り禁止」であるのだ。
3月11日の東京新聞にはおよそ800名の福島のかたがたが
原発事故の「関連死」と呼ばれる最期を迎えた
という記事が掲載されていたが。
福島のかたに聞くと、「もっと多いかもしれない、
1000名になるかも」とおっしゃる。
何を{関連死}(なんと悲しい、無念な言葉か)の基準とするかは微妙だが、
それほど多くのかたがたが、
その寸前の日々を送っておられるか。
これからも、もっと増えていく可能性がある。

使用済み核燃料プールの30時間にわたる停電。
それひとつとっても、国も東電も「想定外」と言い放った事故直後と精神構造は
まったく変わっていないと解釈するしかない。
仮設の配電盤で「間に合う」としてきた、いい加減さは、
たぶん他にも多々ある。
「事故」を「事象」と言い換えることもまた、
事故前と同じまま。

今日は花冷えの天気で、東京の桜はまだもっている。
花に嵐のたとえがあったとしても、
反原発を目指す人々の心まで
「散らす」ことは決してできないはずだ。