2012年10月21日日曜日

10月21日

またまたブログをさぼってしまった。
東京を離れる日が多く、というのは言い訳でしかない。
なんだか少々疲労気味。
最終便で帰京してブログを書こうと思うのだが、
2時間ほど寝てから、とベッドにダイブ。
気が付くと、朝になっていて、また羽田へ、東京駅へ、の繰り返しだ。
せっかくipadを買ったのだから、車内で送ることもできるのだが、
そんな時に限って、「あ、玄関に置いてきちゃったっ」のていたらく。

最近、もの忘れをはじめ、具体的な忘れものがほんとに多い。
これも加齢からの贈りものだが、
忘れてはならないものが、わたしたちにはある。
福島第一原発の「いま」である。
作業員のかたがたは今も尚、被ばくしながら
酸鼻な作業を続けておられる。
そして、今日のような秋晴れの日、子どもたちは? 
地区によって放射線量は違うが、
ひとりひとりの子どもの「いま」と「これから」を考えると……、
申し訳なくて仕方がない。

復興予算が復興のためではなく、ほかに使われている。
そして現政権相変わらず、
「まるで原発事故などなかったかのような」日々の中。
40余年に渡り、原発を推進してきた自民党は、
自分たちがやってきたことなどすべて棚上げにし、推進に向かっている。
これだから、信頼できないというのだ、政治には。
これだから、再稼働はもちろんのこと、
2020年や25年や30年とはいわず、
わたしは即刻の廃炉を求めているのだ。

「とうきょうには オスプレイ とばないの?って
羽田に着いた途端、この子ったら聞くのです」
クレヨンハウスの店頭、沖縄からこられた家族の、お母さんから聞いた話である。
こうして、ある地区を犠牲にし、「あめとむち」をもって
高橋哲哉さん言うところの「犠牲のシステム」は進んできた。
それは事故後の今も尚、「この国」にしっかり根を張っているのだ。

怒れ、わたしよ。
怒ってどうなるかを考えるより、
怒りを表明するのだ、わたしよ。