2011年11月29日火曜日

11月29日

今日は宇都宮で、介護をテーマとした講演だった。
母の介護から見えてきた、この国の政治や福祉への
じれったい思いはもとより、介護保険について、
そして介護職に就かれているかたがたの、
給与問題などについて話をした。

が、原発のことも触れないわけにはいかない。
福島で現在、どれだけの介護を必要としているひとがおられ、
それぞれの要介護度がどのレベルなのか、
正確な資料を探しているのだが、なかなか見つからない。
在宅で介護をしている家族とされているひとがどれほどで、
施設などに入っておられるひとがどれくらいで……と調べても
正確な数字にたどりつけないでいる。
わたしの調べかたが足りないか、
間違っているのかもしれないが。

宇都宮は、わたしの郷里である。
シングルでわたしを産んだ母の郷里でもある。
その地で、介護について話をするのは
五年前の夏に見送った母への、
まだ思い出にはならない思いを、手繰り寄せるような行為でもある。
「脱原発は、子どもや、これから生まれてくる子どもたちはもちろんのこと、介護を必要としているお年寄りが、心安らかに今まで暮らしてきたところで老いていくためにも必要なもんなんですね」
母親を見送ったばかりだとおっしゃる女性から、
そんな風に声をかけられた。

今日の郷里は、曇り空だったけれど、気温は高め。
母を思い、ふっと泣きたくなる夕暮れだった。