2011年5月10日火曜日

5月10日

今朝、わたしの手元に届いたメールから

フランスの「ル・モンド紙」は4月28日、ある大学で教鞭をとる女性の寄稿文を掲載したという。
彼女はその中で、政府や東電を批判する日本のマスメディアが、福島原発事故の前夜まで
多額の広告費と引きかえに、原子力発電所の安全性を宣伝していたことを批判。
財界も政府も「経済の復興を」「仕事に戻ろう」と経済のみ優先し、現在50以上ある稼働中の原発を今後どうするのかという問題とは向き合っていないと指摘。

また、今後も新たな地震の発生が予想されること、政府の原子力関係者が技術面でも信用の面でも充分でないことから、福島で起きたのと同様の事故が繰り返される可能性があると述べている……。

そんな内容に続き、日本の民主主義を問う内容の寄稿であったという。
「原発マネー」、「原燃マネー」と呼ばれる多額なお金の動きのひとつに広告料がある。
雑誌でいうなら、一冊一冊の購読料の何百倍、時に何千倍もの収入を保証してくれるのが、広告料だ。
そうして、あらゆるジャンルのクライアントの中で、もっとも出稿料と量が多いのが、電力会社のそれであると言われている。

「泣く子とスポンサーには勝てない」という諺があるが、福島で泣く子は放置しても、クライアントには勝てないのが商業雑誌をはじめとして、「おつきあいのある」メディアであるだろう。

すでに完全に崩壊したが、原発の安全神話を喧伝した専門家たちのところにも、原発マネーは届けられているはずだ。あのひとにも、このひとにも。
個人だけではなく、研究所への助成金としても。
そのお金は、言うまでも無く、わたしたちの電気料金から支払われている。
それらを支払っているのは、ほかでもない「わたしたち自身」であるのだ。
自分たちが支払った電気料金で、放射能の恐怖まで強引に贈られる…。
それが、わたしたちのWAY OF LIFEであるのだ。

福島の子どもたちの年間被曝量が20ミリシーベルトにアップされたことについては、このブログでも何度も書いている。
180センチの高さで測定して、と言われるが、180センチの乳幼児がいるだろうか。これひとつとっても、いい加減きわまりない、「20ミリシーベルト」である。